
教員のなり手がどんどん減っているというのはみなさんも周知の通りだろう。
私は行政書士の傍ら高校で非常勤講師をしている人間なのでこの状況というのは正直有り難いというのが本音である。
なぜかというと仕事が途切れることがないからだ。教員のなり手がいないということは非常勤講師などを受ければものすごく重宝されるし、自分達の要望も出来るだけ配慮してもらえるのである。
まぁこれは雇われる側の論理であり、雇う側の方の論理ではない。
私は教員という職業は特別職であると思っている。特別職である以上、教員というのは誰でもできる職業ではないのである。こういう言い方すると「調子に乗るな」「教員がそんなに偉いのか!!」などと噛みついてくる人が出てくるのだが、そういうことではない。
私が教員を特別職と思っている理由は、幼小中高校で授業を行うには『教員免許が必要である』という事を言っているのである。どんなに博識であっても、人格的に優れていようと教員免許を取得してない人が授業を行うことは出来ないのである。
そんな特別職の教員が集まらない根本的な理由はやはり『待遇の悪さ』である。
ここでいう待遇の悪さは単に『給料が低い』というだけではない。
では給料以外に何が低いか?
それは『社会的地位』である。
そんなことはないという反論が出るのはすごくよく分かるのだが、人間には人から認められたい、褒められたい、尊敬されたいという欲求がある事を忘れてはいけない。
だが、昨今というよりも長い年月をかけて日本は教員の権威をどんどん取り上げてきた。その結果、社会が教員を軽く見る風潮が生まれてしまい、何でも言うことを聞く便利な存在であるとなってしまった。
もちろん、これには教員が長年権威をかさにした言動を繰り返してきた反動である事は否定しない。否定しないが権威を取りあげすぎた結果教員を不当に軽んじる事になったと言える。
そんな軽んじられるような教員という存在になりたいと思う人が減るのは当然の流れではないのか?
もちろん生徒や保護者から尊敬の念を受ける教員はたくさんいるし、私もそういう先生方を何人も知っている。だがそれは個人の能力であり、教員の社会的地位の向上としてはあまり役に立ってはいないのである。
そしてこれは他業種でも似たような事になっている。
医者、弁護士、官僚などもそうである。
この権威の回復というのを真剣に考えない限り、教員のなり手が回復することはないと私は思う。
だが、雇っている都道府県自体が教員を軽んじているのだから絶望的だ。