
『日本は男女差別大国である』
この表現を見聞きしたことのある人は多いのではないかと思う。
この日本が男女差別であるという根拠となる指標とは何か?
それは『ジェンダー・ギャップ指数』というものである。このジェンダー・ギャップ指数とは『「経済」「教育」「健康」「政治」の4つの分野』における男女の割合を比較して、男女差別がない平等な社会かを測る指数だ。
日本は2022(令和4)年のデータであるが、日本は146か国中116位と下位である。
これを根拠に日本は男女差別大国であると主張するものがいるのである。
この主張をもとに国というか社会は、『女性枠』を増やすことにしているようだ。
正直、私はこの女性枠という考え方には『反対』の立場である。
どうしてそう思ったか?それを説明させてもらいたい。
【そもそもジェンダー・ギャップ指数は信憑性あるのか?】
私が疑問に思っていることは、そもそもジェンダー・ギャップ指数はその社会の男女平等を示しているのか?
例えば政治分野で衆議院の女性議員の比率が令和3年10月で『9.7%』である。一見少ないように感じるが、立候補者に占める割合だと『17.7%』となる。
そもそも論として国会議員の立候補者が2割弱に留まるという現実から考えて、国会議員の男女比率が低いのは当然であろう。そして選挙の結果、女性議員が10%弱になるのも当然と言える。
では、これは差別によるものなのか?
私はそうは思わない。
有権者の投票の結果である以上、これを差別というのはやはりおかしいだろう。女性を選ばないと差別なのか?
そんなわけない。女性を選ばなければ差別という考えはどう考えてもおかしいし、そもそもそんな不平等な選挙ならやる意味が無い。
それに男女で選挙に立候補する際に支払う供託金に差が設けられているのか?
逆に男性が供託金を倍払うような制度に帰れば良いのか?
そんなわかりやすい差別をすることが正しいとでもいうのか?
立候補の条件に性差が設けられていないし、公職選挙法も性差はない。そう考えればこれは単に『立候補者に女性が少ない』という問題と『有権者の選択の結果』にすぎない。これで男女差別を主張するのは無理があるだろう。
【単に好みの問題ではないのか?】
さて次に大学の理工系に『女子枠』が設定されたという事に対してである。
ちょっと考えて欲しいのだが、そもそも女性にとって理工系は魅力的なのか?
大学の話をしておいて例にだすのが高校なのは少しばかり恐縮だが、実業系高校で、工業高校の男女比率を考えると圧倒的に女子生徒が少ないのはみなさんも納得してもらえるのではないだろうか?
そう、工業系は間違いなく女性にとって魅力的なものではないという傾向が如実に表れていると思う。
このように書くと「そんなことはない!!実際に私の友達は工業高校に行った」という反論をする人がいるのだが、それはあくまでも希少な例であり、いくら希少な例を持ち出したところで全体の傾向が変わるわけではないのだ。
そもそも女性にとって理工系は魅力的ではないのだ。
昔ならいざ知らず、現代日本において自分の意思で進路を選択することの出来る事を鑑みれば理工系に女性が少ないのは、単に女性の選択の結果である。
そこに理工系に女性枠を設けたところで意味があるのか?
むしろ弊害しか無いと思うのは素人考えだろうか?
『いや、そんなことはない。女性は周囲や社会に自分の意思を歪められている』という反論があるだろう。だが、そんな事は百も承知だ。なるほど確かに進路決定において周囲の人達の理解が得られずに進路変更をする女性がいないとは思わない。
だが、それは男性もそうではないのか?女性だけが進路に対して周囲が介入してくるのか?そんなわけはないだろう。男性も女性同様に周囲の理解が得られずに仕方なく進路変更した人もいるだろう。
となると周囲の介入によって進路変更することに対しては男女差別の問題ではないと考えることができる。
理工系で女性が少ないのは別に男女差別の問題ではなく単に人気の問題に過ぎないのだ。
【女性枠を設けることがそもそも女性蔑視ではないのか?】
さて、長々と語らせてもらったがそろそろまとめに入りたい。
私は女性枠を設けることに反対なのは、当の女性にとって本当に良いことなのか?という意識があるからだ。
考えてみて欲しい。
各分野に女性を進出させたいという国の政策は理解しているが、各分野での参入に対しては挑戦権は皆平等に与えられている。
試験を受けるのに男女で差が設けられているか?
立候補するのに男女で条件に差があるか?
みなが対等な立場で競い合うという図式がある。その中で少ない席を獲得していくのである。そのためにみなが研鑽し実力を高めている。
そこに「女性枠」をもうけて女性を優先的に席に座らせるようなことは、実力で獲得しようとしている女性にとって侮辱でしかないだろう。
なぜなら「女性枠」とは、『まともに男性と競争したら勝てないでしょう?だからハンデをあげるよ』という上から目線の施しでしかないからだ。
少なくとも私はそう考える。
それに女子枠で合格したものに対して、どうしても下に見るものも出てくるだろう。
「女はいいよな。女子枠なんてあるんだものな」
「さすがは女子枠だな。基礎もなっちゃいないぜ」
「こんなこともわからねぇのかよ」
「ズルして入ったやつなんて所詮はこの程度だろ」
こんな会話が間違いなく発せられる。もし口に出さなくても男性の中にはこの意識をほとんどの者がもっていることだろう。
なぜなら、男性側とすれば不利な立場におかれているからだ。そして不平等な事に対して不満を持たない者など存在しない。
この場合は男性がそうであり、その不満、怒りの矛先が向かうのは間違いなく女性へと向かう。
これは間違いなく女性蔑視に繋がる。
競争に対してハンデをあたえるような事はしてはならないのである。
社会がすべきことは女性を優遇するのではなく。評価の基準を明確にすることで対等な競争相手とすることだ。
それが結果として男女差別を減少させることにつながると私は考えている。
ジェンダー・ギャップ指数だけでなく様々な指標をもとに考えていくべきであろう。