
最悪の気分だ。
“松本人志めぐる報道”文藝春秋・総局長、客観的証拠なしも裏付け取材は「十分に尽くした」 刑事事件での立件は「不可能」
『客観的証拠なし』
この言葉の意味を文藝春秋の総局長は全く理解していない。
文春は客観的証拠無しで報道したのか?
記事の中で『立件へのハードルが高い』という発言があったが、当たり前だ。刑事裁判というのは被告の人権を制限することを定める重大事なのだ。その立件のハードルが高くなるのは至極当然のこと。
それでそのハードルの高さをクリアできなかったから、文春が松本人志に天誅を食らわせてやろうとしたわけか?
それこそ私刑であり、文春ごときが私刑をする権利がどこにあるというのだ?
何という法律の第何条にそれが記載されているのだ?
どこの学説で報道機関には私刑を行う権利があると唱えられているのだ?
人によっては松本人志が性加害を行ったと叫ぶ人がいる。だがその客観的証拠は存在しないことがここに確定した。なにしろ文藝春秋の総局長のコメントなのだ。
文春が何ら証拠も無く松本人志を性犯罪者のように報道したのである。この事実はどうあっても覆せない。
これで松本人志は完全に被害者の立場になったと思う。客観的証拠も無いのに人を性犯罪者扱いした以上間違いなく文春は加害者側、松本人志は被害者側だ。
裏付け取材は十分尽くしたと言っているが客観的証拠もないのに裏付けが出来るのか?
客観的証拠も無いのに一人の人生を狂わせるというのがいかに危険なことなのか報道に携わる者が知らないことを我々が知っておくべきだろう。