さて、前回は連帯保証人というものについて基本中の基本について述べたのだが、この辺り連帯保証人や保証人の違いとか詳しいことを知りたい方は他の方の素晴らしい解説があるので、そちらを読んでほしい。
いずれにせよ保証人になるというのは「覚悟」が必要な行為なのだ。そのことを強く認識してほしいと思う。
知人の保証人となって大きな損害を受けたため、家を失ったとかの話は誰でも一度は耳にしたことはあるだろうし、ドラマや映画などの創作物の中でも散々語られている。
にも関わらずこの手の話がなくならないのは、やはり保証人という制度に対して『無知すぎる』のが問題だ。人間知らないものに対して覚悟を持つことなどそうそうできるわけではない。
よく保証人の話を持ってくる人の言葉は
「絶対に迷惑をかけない」
「名前だけ貸してくれ」
これに尽きる、多少のニュアンスの違いがあるかもしれないが、突き詰めると結局はこの二つに集約される。
うん、この言葉で保証人になってくれと言ってくる人の保証人に私は絶対にならない。
なぜなら私は保証人というのは「覚悟」がいるという考えがあるからだ。借金返済の義務を負うという保証人になるのに、「名前だけ貸してくれ」「絶対に迷惑をかけない」など絶対にあり得ない。
保証人になるだけで本来負わなくても構わない義務を負う人間に、この言葉で保証人になってほしいというのは明らかに覚悟を決める機会を奪っていると同じだ。
知っててやっているのならば「不誠実」極まりないし、知らずにやっているのなら「無能」以外のなにものでもない。
だからこそ、保証人の話を持ってくる人は『保証人というのはそういう義務を負う。それでも俺を信じてなってくれないか?』という覚悟を見せる必要がある。そして、大変だろうけど保証人候補の方に誠心誠意お願いし、説得しなければならない。それは保証人に借金を背負わせる者の最低限の義務というものだ。
もし、相手の覚悟を見たいというのならばこの問いかけをしてみてはどうだろうか?
「見返りは?」
この言葉に相手がどう答えるかで相手の覚悟がわかるというものだ。
もし何の見返りも用意せずに「友達じゃないか!!」という表現で返してきたのなら、縁を切った方が良いと思う。
繰り返すが、保証人になるということは、他人の義務を背負うということ。そんな義務を「無償」で背負わせようという方が遥かにタチが悪いと言えないか?
保証人になるということは、本来金を請求しても構わないレベルのお願いなのだ。そのことをきちんと認識して保証人を受けてほしいということである。