
世の中には平等という言葉を勘違いしている人がいる。
私に言わせればとんでもない間違いなのだが、平等という意味を表面上の意味でしか捉えていない人は結構世の中にいるのだ。
だから、外国人を日本人と同様の扱いをしない事を即『差別』だ。と非常に恥ずかしい主張をするのである。
はっきり言おう。
人間は対等であるが平等ではない。
このことをまず認識しないといけないと思う。
平等には『絶対的平等』『相対的平等』がある。
簡単に説明すれば、絶対的平等は『あらゆる事情を考えず完全に平等に扱う』事であり、相対的平等は『時と場合によっては平等に扱わない』というものだ。
では日本は一体どっちの平等を採用しているのか?
答えは『相対的平等』の方である。ということは逆に言えば平等に扱わなくても即差別になるわけではないということである。
そもそも差別とは、扱いに差をもうけることに『合理的な理由のない』事である。ということは合理的な理由があればそれは差別ではないのである。
この区別がついていない人は扱いに差をもうけることを『差別だ!!』と騒ぎ立てるのである。
例えば『外国人に参政権を与えないのは差別である』という主張も平等というものを絶対的平等でとらえているからである。
だが、日本が採用している平等とは相対的平等だ。
だからこそ、外国人に対して参政権を与えないことは別に差別でも何でも無いのである。そもそもが外国人に参政権を与えるという考え自体が、国民主権に思い切り反しているし、国家の三要素の観点から考えてもおかしいのだ。
差別を本当になくしたいのであれば、何が差別で差別にあたらないのかをきちんと判断する必要があるのだ。
そしてその判断の基準となるのは『合理的な理由』である。
そこを考えて平等というものをもう一度真剣に考えるべきだろう。