金. 4月 3rd, 2026
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 まず大前提で『差別は許されない』し、私自身差別に対して嫌悪感を持っている。

 だが、最近のトランスジェンダーとかトランスエイジという概念は逆方向へと差別を助長しており、納得できない。

 なぜ私がそう思ったかというと差別に対する私の定義は『平等に扱うこと』『非合理的な差をもうけない』ということである。

 ところが昨今のトランスジェンダーやトランスエイジの話は、差別撤廃を求めるのは理解出来るのだが、配慮を求めるのはそれは特権を与えよと言っているようにしか聞こえない。

 一つ例を挙げたい。

 カナダで50歳の男性(性自認は女性)が8歳~16歳の女子の水泳大会に参加した。

 どうだろうか?少しばかり情報量が多すぎる気がするが実際にカナダで起こった出来事である。

 大会運営者がどうしてこのトランスジェンダーの出場を認めたのか、本当に理解に苦しむ。

 そもそもスポーツの世界で『性別』『年齢』『体重』などで細かに区分けされ同条件で競うのである。
 ところがこの前提が『LGBT』が絡むと途端におかしいことになるのである。

 8~16歳という年齢の前提条件に50歳が参加する……はぁ?

 17歳の女性であってもこの水泳大会には参加資格がない。だがなぜLGBTがからむとこれが許されるのだ?
 LGBTの人々というのは特権階級かなんかなのか?

 断じて否だ!!

 そんなわけはない!!

 LGBTの人々は自分達の特徴が悪く言われるのがいやだったのだろう?差別を受けなくなり普通の生活がしたかったのではないのか?
 そう、差別を止めてくれ!!という活動には一定の合理性があった。私も不利益を被るような事があってはならないと思う。

 だが、年齢制限のある大会に参加するというのは明らかに特権を求めた結果だろう。

 それでいいのか?

 LGBTは差別されることは受け入れなくても差別をする事は受け入れるのか?

 大会運営も大会運営だ。なぜあなたは『50歳だ』『肉体的には男性だ』と言えない?
 配慮とはマイナの扱いを受けている事をゼロにすることであり、プラスにすると言うことでは決してない。

 今後もこのような事が続けば間違いなくLGBTへの排除が強まる結果になることだろう。

 特権を得る活動をするということは決して認めることは出来ない。それは逆方向への差別だからだ。

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By 福川 要

 2021年6月に宮崎県の片隅でひっそりと行政書士事務所を開業中。  主な業務は、許認可関連、遺言状作成です。

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