
世の中はどんどん変わっていくというのは真実であろう。
流行り廃りもそうである。
そう考えると成功体験というのは、ある意味思考を縛ることになるので上手く付き合わなくてはならない。それに支配されるようになれば成功体験も自分を滅ぼす毒刃となってしまうのである。
今回はそんな事例を一つ挙げてみることにしよう。
前衆議院議員である『尾辻かな子』氏がJR大阪駅の御堂筋口に『女性の性的なイラストが……』というツイートが投稿されたのだ。
まぁ、いわゆる表現の規制を訴えているのだろう。
今まではこの手の難癖をすれば賛同者が現れて広告主や掲載した企業へとクレームを入れて、撤回させていて自分達の功績として誇っていた。まぁいわゆる成功体験になっていたのである。
だが、その手法も既に過去のものとなっており、その手法は完全に悪手になっていると言って良いだろう。
特に表現の自由を規制しようという考え方はもろに批判の対象へとなるようになっているのは間違いない。千葉県松戸市v Tuberの仕事に対して、性的であると難癖をつけたフェミニスト議員連盟への抗議が七万集まったという話である。
フェミニスト議員連盟はこの反対署名7万に対して公式な返答をしておらず無視をしているのだが、この『無視』という行為に時代の流れを感じずにはいられない。
そして、一番の問題は広告などの表現の規制に対して、特に論理的な根拠などないということを如実に示してしまったことである。
結局のところ、『私が不快だ』という感情に過ぎない。表現の規制が感情に基づいて行われているから支持を得られないどころか反発を受けるのである。
なぜなら『お前らごとき低俗なアホ共の感情よりも私ような高尚な人間の感情が優先されるべき』ということであるため、これまで賛成か反対か態度を決めてなかった人もアンチに変わってしまうのである。
フェミニスト議員連盟などイラストなどに対して表現規制を求める者は今や、表現の自由を侵害する悪役の立場になっているのである。
おそらくフェミニスト議員連盟を代表する表現規制派はこの立ち位置の変化に対応できていないのだろう。なぜならば今までの成功体験があるからだ。
私は表現規制というのは細心の注意を持って行わなければならないという考えを持っている。決して『不快に思う人がいる』などという曖昧な言葉で規制するべきではない。
その『不快に思う』という行動だけで規制が正当化されるのであれば、フェミニスト議員連盟の行動も規制されなければおかしい。何しろ七万という署名が集まっているのだ。これはフェミニスト議員連盟の行動が不快だという意見である。それに議員という公的な立場にある者が何ら声明を出さないというのはやはりおかしいだろう。
だが、そんなことには当然ならない。なぜならば、日本には表現の自由があり、『不快な人がいる』などという理由だけでは規制すべきではないのである。
規制される基準は『被害者が特定される』『公益と損害を比較して規制することが公的にかなう』『被害が社会通念上許容できないものである』と私としては考えている。
そう考えているので『不快と思う』という感情『だけ』を問題とした表現規制運動はうまくいかなくなったというのは非常に嬉しい。
表現規制派は感情だけで訴えても無意味であることを理解してほしい。時代の流れは間違いなく感情だけでの表現規制に対して厳しい目を向けているのである。