
サッカーW杯で日本人サポーターの行動が賞賛されている。
その行動というのは試合後のスタジアムの清掃活動をしているというものだ。
この行動を見て私としては「素晴らしい」「見習わねば」という風に私はなった。
ところがこの素晴らしい活動に対して、批判する人間も当然ながらいる。
「奴隷根性」と称する人がいたのだが、本当に不思議だと思う。良いことをしたら奴隷根性という完全に意味不明な主張である。
ちょっと考えてみてほしいのだが、善行を積むことが悪いことなのだろうか? 特に清掃活動を自主的に行うことで清潔になることが悪いことなのだろうか?
完全に意味不明な主張だ。
特に今回、カタールのスタジアムで清掃活動をした人たちは私に「素晴らしい」「私も見習おう」という印象を持たせた。それから私はちょっとしたチリ拾いなどをしてゴミ箱に捨てるようにしている。
少なくともサポーターの清掃活動は私に良い影響を与えたと言って良いだろう。
しかし、『奴隷根性』とか言った人は私の意識を変えることはできない。私にとってサポーターの行動よりも遥かに意味がない行動だ。
個人的意見であるが、こういう風に誰かが称賛されていることに対して、批判したり、詰ったりする発言をする人は場の雰囲気を悪くしがちであり、そこから人に敬遠される傾向にある。簡単に言えば「嫌われ者」である。
そのために周囲から孤立している可能性が非常に高い。多くの人に賛同を得られないということは社会生活を営む上で結構なストレスになるだろう。そうすればより先鋭化し、さらに嫌われるようになっていくものだ。
こういう状況をきちんと考えてみれば人の善意に対して否定的な意見を述べることの不利益がわかるというものではないか?
少なくともここで奴隷根性とかいう人と私は友好関係を気づくことはできないというよりもその気持ちが起きない。
奴隷根性という言葉に共感してしまった人はそれを表現するのは無難であるということをアドバイスしておこう。