
イギリスの偉大なる君主であるエリザベス女王の国葬が先日行われた。
日本からは天皇皇后両陛下が国葬に参加し、日本国の弔意を示していただいた。本当にありがとうございました。
日本国の代表として国葬に参加していただいた天皇皇后両陛下のおかげでイギリスとの関係も良好なままであろう。皇族の存在はやはり世界各国のロイヤルファミリーとの交流を通じて日本との関係構築にものすごく貢献しているとおもう。
本当に皇族の方々には頭が下がる思いだ。
さて、天皇皇后両陛下へのお礼が今回の記事の主軸ではない。
今回の記事は天皇皇后両陛下が国葬に参加される際に『マスクを外していた』事に対して、だからマスクを外すべきだと主張していたことだ。
確かに天皇皇后両陛下がマスクを外していた写真はあった。
だが、それでどうしてマスクを外すことを主張する根拠とするのがよくわからない。マスクを外す主張をする人達は「私はマスクを外す」という判断の下にマスクを外せば良いのだ。それだけの話なのに、マスクを外さない日本社会を批判しているのだがまったく意味不明だ。
マスクを外すべきだという主張する人は基本的に他者の目が気になって気になって仕方の無い人なのではないか?
私はマスクを外出しているときなどはマスクをつけているのだが、それは私自身の判断に基づいている。私の判断はコロナ感染の可能性を少しでも下げることができるからだ。だが、それは私の判断であり、他の人がマスクを外すというのなら勝手にすれば良い。いちいち関知しないというものだ。
マスクを外せという主張する人は自分の判断によほど自身がないのではないか?だからこそ、天皇皇后両陛下がマスクを外して国葬に参加したことをこれ幸いとして『マスクを外せ』という主張をしているのではないかと思っている。
私としてはこのように他者の権威に縋って主張を強化せねばならない人を見ると哀れに思える。まぁ、最も私自身もそのような時期はあったのだが、今から考えると自分に自信がなかった故であると思っている。
自分の主張に自信を持とうではないか。そうすれば他者の判断に振り回されることはなくなるというものだ。