金. 4月 3rd, 2026

 コロナが世界中に蔓延して三年目になる。

 その間に大きく世の中は変わったと思う。その辺りについては、親しい方を亡くしたり、会えなくなったり、罹患したが軽症で快復したりと本当に悲喜様々な模様が日本、いや世界中で展開している。

 私はコロナが流行る前にはマスクなどつけることはほとんどなかった。しかしこのご時世においてマスクは生活必需品となったのは間違いない。

 私はマスクとすればコロナ感染を完全に防げるなどと思ってはいない。しかし、少しでも感染の可能性を下げることが出来るというのならばマスクを使用することに何ら躊躇はない。まぁ、ほとんどの人はこういう考えでやっていることだろう。

 しかし、そう考えない人も少数ながら存在するのも事実である。

 どこかの県の市議が飛行機に乗る際にマスク着用を拒否した結果、搭乗を拒否されて批判があつまりついには辞職したことがあった。

 この話を聞いたときに私は無言で天を仰いだ。航空会社は当然民間会社だ。その民間会社が乗客に対してマスク着用を求めた以上、それにしたがうのは至極当然というものだ。

 それにマスクをつけることがそれほど負担だという理由が正直分からない。

 しかし、反マスクの方々のマスク着用拒否の理由がほとんど一緒で『マスクを着けない自由』を尊重しろというものだ。

 一体誰が言い始めたのだろうか?

 別にマスクを着けたくなければ着けなくても良い。しかし、それは着けないことに対して不利益を被ったからといって文句をいわないという覚悟があるという前提においてだ。
 このように書くと頭の悪い人が『マスクを着けなかったら殺されても文句を言うなとでもいうのか?』という意味不明な事を言い出す。こういう主張をする者は基本的に物事には加減というものがあることを知らない。このような意味不明な反論には基本私は無視することにしている。

 少々、話がずれたのだが、マスクをしたくないというのならしないで結構、ただし入店を断られるなどの処置をとられたところで文句をいう資格はないことを頭に叩き込んでいて欲しいものだ。

 そもそも主張する相手が私人であれば、そんなものに恐れ入るわけないではないか。マスクをしない自由があるというのなら、相手にもそれを拒否する自由があるのは至極当然だ。まさか自由を主張することができるのは自分達だけの特権とでも思っているのだろうか?思い上がりも甚だしいというものだ。

 しかも、自分で考えた理由ではなく誰かが考えた思慮の足りない考えをパクるなんて恥ずかしすぎるだろう。せめてパクるならもう少しまともな意見をパクって欲しいものだ。私は『マスクをしない自由』を誇らしげに宣言する人に対して黙って離れるようにしている。

 自分で考えることが出来ないのなら仕方ないが、それでも誰の意見を剽窃するかくらいの知恵は持って欲しいものである。

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By 福川 要

 2021年6月に宮崎県の片隅でひっそりと行政書士事務所を開業中。  主な業務は、許認可関連、遺言状作成です。

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